都心の高層ビル街の中、周囲を威圧するかのように聳え立つ巨大なビルの入口。
社長秘書である榊は、入口警備からの連絡を受けて現場に向かっていた。

ビルのロビーに着いて目にしたのは、数十の警備員達が少し遠巻きに包囲した対照的な少年二人の姿。
幼い少年は、怯えたようにもう一人の少年の背後へと身を隠している。
榊は、警備員達の間を割り余裕気な表情をみせている方の少年と向かい合った。
「…子供がこんな所に何の用だ…?」
「ただの子供がこんなトコに用があるとでも?」
険悪な表情の自分にも、その余裕を消さない少年の言葉に眉間の皺が深まる。
確かに、『普通』の少年でない事はこの現場を見れば火を見るより明らかだろう。
普通の人間ならばここにいる警備員達が、子供二人を包囲したまま手を出せず上に迄連絡をよこす筈がない。
「…能力者、か…」
苦々しく呟く榊に、不敵な笑みを深めた少年は前へと踏み出した。
周囲の警備員等は眼中にはない。今この場で相手にすべきはこの社長秘書ただ一人なのだ、と。
「情けないっ!!」
一方、最上階にある社長室では、貿易界トップの名を欲しいままにしているその男が、荒々しく机を叩き付けていた。
その勢いのまま正面に立つ部下目掛け声を荒立てる。
「魔族が相手とはいえあれだけの人数を動員しておきながらまだ十匹も捕まえておらんとはっ」
‘申し訳ございません’と頭を下げる部下に対しても、その表情はまだ険しいままだった。
「政府の目が届かんとはいえ、万が一という事もある。先方もそうそう待ってはくれまい。人員をかき集めてでも作業を急がせろっ…」
「社長!!」
荒々しく開かれた扉と、焦りを抑え切れない様子で入ってきた秘書の姿に、呼ばれた主だけでなく部下も視線を向けた。
190cmはある長身の彼に阻まれて扉の向こうは良く見えないが、社員達が動き回るざわめきは確かに耳に届いてくる。

「どうした榊、騒々しい」
「いえ、実はっ…」
「邪魔すんぜ」
怪訝な目の社長に弁解しようとする榊の言葉は、背後からの声に掻き消されてしまう。
そのまま彼の脇を擦り抜け部屋に入ってきた部外者に、社長の怪訝さは更に増していった。
「何だ貴様らはっ!?何をしている榊!さっさとこいつらを叩き出さんかっ!?」
周囲の部下に、そしてみすみすと部外者を立ち入らせた榊に対しての命令は、しかし突如視界に入って来たモノによって声にならない驚きへと姿を変える。
一瞬にして等々力の表情を凍らせたそれを左手に持ったまま、その侵入者は口の端をあげた。
「外海 妃…宜しく?トドロキさん」
(っ…仕事屋だと…)
妃が手に持っているのは、彼らが仕事屋である事を証明する手帳…彼が『政府の人間』である事を示すモノ。

「…これはこれは、大変失礼な態度を取ってしまいましたな。まさかこんなお若い人が仕事屋さんとは思いませんでしたので…」
取り乱したのはほんの一瞬。
次の瞬間には、平静を装う。
「それで、政府認定の“仕事屋”さんが何のご用件ですかな?」
WIZORD配下の仕事屋が来たところで、密売の件がばれたとは限らない。何にしろ相手はたった二人のしかも子供。ここで取り乱してはならない。
表向きの、ブラウン管越しに見る社長の顔をして問い掛けてくる等々力を確認し、智は妃の背後に隠れたままその上着の袖を強く掴んだ。

―アイツだ…―

自分達の森で、魔族捕獲の指示を出した張本人…それは確かに、今対峙しているこの男だった。
怯えた瞳は、その色を憎しみのそれへと変えて行く。
その様子を横目で確認して、妃は等々力を正面から見据えた。

「あのさ等々力さん…今日ここに来た用件なんだけど…」
「何でしょうか?」
勿体つけるようにゆっくりと口を開いていく妃のその不敵な笑みに、等々力もあく迄見当が付かないといった様子で首をかしげてみせる。
その腹の底では、万が一の場合の証拠湮滅法をいくつも考えながら…

しかし、妃が口にした言葉は、その場にいた者が予想していたモノとは遥かに異なるものだった。


「この魔族… 買ってくれない??」